【妊活】#2 初めての産婦人科

皆さまこんにちは!

6月に入り、早いもので2022年も折り返し…

年を重ねるたびに思うけど、

大人になってからの1年って

本当に過ぎるのが早い(白目)

ついこの間まで冬だったのに

もう梅雨入りしてるし☔

 

今必死に妊活当時のことを思い出しながら

ブログに書き込んでいる途中だけど

このノロノロ投稿だと、

妊活編が終わるまでに

2022年が終わってしまう気がする←

当時の記憶も感情も、

どんどん薄れていっちゃうから

多少端折ってでも進めねば…!!

 

産婦人科の門を叩く決意

自力での妊活を始めて1年が経過し、

なかなか授かることが

出来なかった我々夫婦。

 

『あぁ、私達って【不妊】ってことか…』

 

お互い超健康体(自称)だし、

20代後半と30代前半だからまだ若いし、

これまで自分達には縁遠いものだと

そう思って疑わなかったけど…

【不妊】の定義にばっちり当てはまった。

不妊」とは、妊娠を望む健康な男女が避妊をしないで性交をしているにもかかわらず、一定期間妊娠しないものをいいます。 日本産科婦人科学会では、この「一定期間」について「1年というのが一般的である」と定義しています。2018/11/2

不妊症 – 公益社団法人 日本産科婦人科学会

 

自分たちが【不妊】であると

確定してからというもの、

ネットで不妊治療について

検索しまくりの日々だったが

実はそこまで悲観はしていなかった。

「まぁ病院行ってプロの力借りれば

なんだかんだ授かるでしょ!」と。笑

 

今までの妊活だと100%自責だったのが

プロの力を借りれば多少他責になるので

気が楽だったんだろうなぁ。

 

そんなこんなで意を決し、

産婦人科の門を叩いた。

 

いざ、産婦人科へ訪問

選んだ産婦人科は近くに住む友人が

お世話になったところに。

 

事前に産婦人科のホームページを

穴が開くほど見たけど

不妊治療についての記述がなく…

どういう流れで妊活の介入をして

もらえるのか全く分からず。。

とりあえず朝イチの予約にて

夫と2人で病院訪問。

 

すると、受付の看護士さんから

白い目を向けられる。

すいません、受診される女性しか

院内には入れないんです。

…夫、撃沈。笑

朝早めの枠だったから早起き頑張ったのに…

 

当時は新型コロナウイルスが

大々的に流行し始めた頃であり、

マスク装着や人数制限が非常に厳しく

設けられている時期でもあったので

しょうがないよなと思う反面、

『それならホームページに

でっかく書いとかんかい!怒』

イラッとポイントが加算されました。笑

(サイトの更新が長期間されてなかった…)

 

予約したにもかかわらず

予定時間になっても呼ばれない。

(病院あるある?)

 

周りを見渡すと

マタニティマークをつけた人や

お腹の大きい人も居て

「いいなぁ、先を行ってるんだな」

って少し胸が締め付けられた。

 

晴天の霹靂

「私さん、どうぞー」

案内の声がかかった。

 

「どんなことが聞かれるのだろう。」

「治療方針は?」

「検査とかいつするのかな。」

初めてのことに色々考えてしまったが、

『これで授かれる』という

安心感が胸に広がった瞬間だった。

 

しかし、

医師の口から出てくる言葉によって

目の前が一気に暗くなる。

 

『新型コロナウイルスによる

胎児への影響が確認されていないため、

日本産婦人科学会としては

新たな不妊治療の開始は推奨していない。

その方針に則って当院では

不妊治療の手助けをすることができない』

とのことだった。

 

言われた当時の気持ちを一言で表すなら、

まさに「晴天の霹靂」。

 

何で、どうして、そんな…

という感情と共に

一年間妊活をしてきても

授かることができなかった辛い気持ちや

本当に授かれるのだろうかという不安が

一気に押し寄せてきてその場で大号泣。

 

不妊治療についてはネットで散々調べた。

産婦人科のホームページも

穴が開くほど見て回った。

でもそんなことどこにも

買いてなかったじゃないか…

なんで、なんで、なんで。

一度結界した涙腺は

そう簡単に治ってくれなかった。

 

未曾有のパンデミックの弊害

診察室に入るまでに数時間、

名前呼ばれて診察室を出るまで

わずか5分。

そのうちの3分は私の涙と鼻水を

止めるためにかかった時間。

 

また自力で頑張るしかない

という事実があまりにショックで

先生が言っていたことは

ほとんど覚えていないけど、

『コロナのせいで今年の出生率は

がくんと減っちゃうんだろうなぁ…』と

残念そうな一言だけが記憶に残った。

 

その後、待機していた夫と合流。

僅かに覚えている内容を伝えようとするも

その時も泣きじゃくってしまい、

『診てもらえない』という一言を

言葉にするのが精一杯で先生からの回答を

上手く説明することはできなかった。

 

『頑張ったね。とりあえず帰ろう』

行きとはまた違う不安を抱えながら

夫と二人で家路についた。

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